小説家であり詩人でもあったハーディは、19世紀後半から20世紀初頭のイギリスにおいて、性と結婚をめぐる因習に向き合う女性たちの多様な在り方を鋭く描出してきた。本書は、これまで十分に注目されなかったハーディの詩作品と後期小説群を横断的に分析。男性作家の「眼差し」を通して浮かび上がる女性像に内在する、ヴィクトリア朝に根ざす性のイデオロギーおよび各作品に表れる女性たちの内面の葛藤を読み解く。現代のジェンダー論およびフェミニズムに関する新たな視点を提起する論考。
【目次】
序章
一 ヴィクトリア朝時代背景概説
1―1 ヴィクトリア朝時代の経済発展と家父長制
1―2 ヴィクトリア朝時代の性の言説――科学的見地と性的不均衡
1―3 フェミニズム(1)――第一波、第二波フェミニズムの興りと展開
1―4 フェミニズム(2)――批評史概説
1―5 再びヴィクトリア朝――倫理観と出版事情
二 ハーディ作品を研究する意義
2-1 トマス・ハーディ批評史概説
2-2 本書の背景
2-3 本書の目的
第一章 『ダーバヴィル家のテス』における神聖化された女性
1 テス、ヴィクトリア朝の女性
2 テス、客体化される女性
3 テス、神聖化される女性
4 テス、「純粋な」女性
第二章 『日陰者ジュード』における二人のヴィクトリア朝の女性
――スーとアラベラの再考
1 スー、「新しい女性」
2 アラベラ、ヴィクトリア朝を生き抜く女性
3 スーとアラベラ、二人のヴィクトリア朝の女性
第三章 『恋の魂』における四人の「最愛の」女性
1 『恋の魂』の背景
2 アヴィシー一世とマーシャ、束縛される女性
3 アヴィシー二世と島の慣習の実践
4 アヴィシー三世とマーシャ、乗り越える女性
第四章 「船乗りの母」における悲しみの女性
――短編小説「妻ゆえに」と詩「船乗りの母」
1 ジョアンナ、 「妻ゆえに」における傲慢な女性
2 詩「船乗りの母」における海霧の象徴性
3 『恋の魂』/「恋の魂」
4 「妻ゆえに」/「船乗りの母」
第五章 「不死鳥亭でのダンス」における「清く正しき」女性
――ヒロインと伝説の鳥
1 ジェニー、自己抑圧的女性
2 王立騎兵隊の役割
3 ダンスと不死鳥の象徴性
第六章 「繻子の靴」と「刻み込まれた文字」における二人の狂女
――抑圧された女性性、繻子の靴と真鍮の碑文
1 ヴィクトリア朝時代の狂気への対処とハーディの狂女バラッド
2 繻子の靴を履いた花嫁
3 墓碑銘と忠実な未亡人
第七章 「私の出会った女性」と「教会オルガニスト」における二人の堕落した女性
――詩人の眼差し
1 ハーディの「堕落した女性」キャラクターの取り扱い
2 「私の出会った女性」における「堕落した」女性の亡霊
3 「教会オルガニスト」における「堕落した」演奏家
4 トマス・ハーディと二篇の「堕落した女性」の詩
終 章