研究書 monograph

カズオ・イシグロに恋して

著者
臼井雅美 著
カズオ・イシグロに恋して
規格
A5判/344頁/定価(本体3,400円+税)
ISBN
978-4-269-76022-6
ジャンル
レベル
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イシグロは、表面的にはその手法やスタイルを変えながらも、実は個人と国家の忘却と歴史の葛藤に焦点をあてて来た。
『充たされざる者』(The Unconsoled, 1995)では特定の都市名や時代が明確ではないが中欧の魔都を、『私たちが孤児だったころ』(When We Were Orphans, 2000)は第二次世界大戦前後のアジアの魔都上海を舞台として、個人の記憶だけでなく都市の記憶を語ることにチャレンジしている。『わたしを離さないで』は現代のイギリスに未来地図を重ね、『忘れられた巨人』(The Buried Giant, 2015)においては中世の伝説にまで忘却と記憶の葛藤の軌跡を手繰り寄せる。それらの小説にイシグロが込めた思いは明確である。
イシグロの世界は今後も拡張し、深くなっていくであろう。その軌跡を今後も追っていくために、本著においてイシグロのこれまでの作品に関しての論をまとめてみた。(「序文」より)

書籍内容 Contents

序文

 

1 越境する記憶―『遠い山なみの光』の光と影

越境する記憶への旅

原爆と隠れキリシタンの輪廻の語り

教育イデオロギーの語り

女性の人生の語り

遠い山なみの光と影

 

2 戦争画と共に消去された記憶の再生―『浮世の画家』における心の闇

浮世の画家たちの記憶と忘却

画家の大邸宅が内容するイデオロギー

日本美術の誕生の裏に隠された画家の運命

3-1 ナショナリズムの中で生まれた日本美術

3-2 ナショナリズムに対立する退廃芸術

戦争画家というもう一つの犠牲者

記憶と忘却の中で翻弄する芸術

 

3 現代の寓話―『日の名残り』におけるホロコーストとの対峙

人生の忘れ物を探して

巻き戻される失われた時間

再構築される失われた空間

未来への序曲

 

4 アネクドートへの挑戦―『充たされざる者』における都市が秘めた記憶

充たされざるアネクドート

越境する中欧、記憶する街、彷徨える都市文化

個人の過去の記憶への扉

家族をめぐる忘却と記憶の連鎖

忘却の街の記憶

現代音楽にみる未来性

充たされざる21世紀

 

5 記憶の裏切り―『わたしたちが孤児だったころ』の不条理な世界

負の連鎖が造る不条理な世界

裏切りの街、上海租界

2-1 上海租界という帝国主義の庭園

2-2 長崎―上海、憧れの航路の神話崩壊

異邦人の時代―負の歴史の中に存在する自我

母を求めて、幻想から現実へ

絶望からの帰還

 

6 クローン人間政治学―『わたしを離さないで』における生命倫理の軌跡

クローン人間政治学への扉

文学におけるクローン人間創造の軌跡

生命倫理への挑戦

生命の証と怒りの行方

人間の尊厳を求めて

自律の原則への反抗

わたしを離さないで、わたしを抱きしめて

 

7 暴力のルーツを探る神話再構築―『忘れられた巨人』の中に生きている私達

神話再構築の原理

記憶と忘却の繰り返しを内包する歴史

虚構と真実の葛藤を紡ぐ神話

忘れられた巨人が住むところ

5 21世紀の神話回帰

 

あとがき

参考文献